じいちゃん・ばあちゃんWikipedia

気づけば一人暮らし期間もあとわずか・・・。家族を待ち望む気持ち(笑)と、残り少ない自由時間にあせる今日この頃。






今夜は久々にAおばちゃんの家へ行き夕飯をごちそうになりました。野菜もしっかり摂れました。ありがとうございました。
*久々のレッドアロー号で出動(根津⇔小台約25分)。写真は小台橋。Sちゃんが子供の頃、飼っていた犬を下の荒川に落としたといわれるところです。



久々にじいちゃん・ばあちゃんの話。この二人の波乱万丈な人生はネタが豊富だ。内容をまとめるのは大変なので再確認・新事実を含めていくつかをリストアップ!


〜じいちゃん編〜
@じいちゃんのお父さん、つまり曾祖父はG阜県校長会長をしていたが戦後のレッドパージ的な扱いで公職追放の憂き目に会った。
@戦時中は某製薬会社の外地赴任でジャワ島に。戦争嫌いで自ら志願したと思われる。
@勤めていた製薬会社をやめて別の事業をしていたころ・・・「キャバレー」に行って酔ったところを当時小5のA・おばちゃんは何度か迎えにいっていたらしい。
@晩年、S玉県Hケ谷市の民政委員会で「市民の相談役」をしていたらしく、明らかにマイペースな性格の割にはこれが好評だったらしい。
@亡くなった当日、「一太郎」の最新ソフトを購入していたが、時は年賀状シーズンも過ぎた3月。何のために購入したのかは定かではない。
@亡くなった当日、当時骨折で入院していたばあちゃんを二度も見舞っている。そのことを当時ぼけ始めたばあちゃんは記憶になく、ついでいうと骨折の原因も謎のままだ。
@昔の「思い出話」はほとんどしない(史実的なものは別として)。それは主義主張ではなく、単に「今やりたいことが多すぎて昔の記憶はない」からとのこと。



いっぽう、ばあちゃんはぼけてからのネタが中心だ。フライにするためにパン粉につけておいた魚を盗まれたという話、近所の人が金を借りにきたという話・・・ただしすべてガセネタ(?)だったわけでもなさそうだ。京都が実家だったばあちゃんが幼いころ親戚が「杉本家」に嫁いで(これは本当)「しょっちゅう遊びにいった」、という話も同類扱いしていたAおばちゃんだったが、後日偶然TVでの「京都長屋杉本家特集」をみて事実確認のための再調査を行っている(笑)。
http://www.gyoutai.com/kyoto/sugimotoke/info.htm・・・この「杉本家」かどうかはわからないが、全く関係ないわけでもなさそう。

ばあちゃんのお母さんの記録(伝記・旅行記みたいなもの)を調べるAおばちゃん。もはや「思い出話」ではない。